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商人 #24

利他的で創造的な経営姿勢

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めんどころ誠悠堂

岡山そば職人

村井 誠

STORY

とりそば「太田」で、十五年間作り続けた職人

 二〇二一年五月、コロナ禍真っただ中、中之町に一つの麺処が開店した。コンクリート壁と木のサッシを使用した触感ある門構えが麺の創造性を感じさせ、白を基調とした壁と特有の油気がなく、掃除が隅々まで行き届いた店内の清潔感が食欲をそそる。天井はスケルトン、その上BGMはボサノバである。いわゆるラーメン屋という佇まいではない。
 いずれは一緒にやっていければと弟さんとご本人の名前を合わせて「誠悠堂」と名付けたという弟想いのオーナー・村井誠氏。自店を持つ前はここから程近い銘店「元祖とりそば太田本店(以下「太田」)」で十五年間にわたりとりそばを作り続け、「太田」を「ミシュランガイド京都・大阪+岡山2021」掲載までに導いた立役者である。

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お米より麺が好きだった少年時代

 この道に進んだのは純粋に自分がラーメン好きだから。以前は企業で営業マンをやっていたが、どうせ毎日ラーメンを食べるなら自分で作って食べた方が食費もかからないから、と軽い気持ちで「太田」へアルバイトとして入った。それから師匠・太田博文さんの下でどっぷり。「子どもの頃からお米より麺をよく食べていたほどのラーメン好きだから、日々やることやることが新鮮で、とにかく楽しいんです。しかも自分の作ったラーメンを目の前でお客さんが喜んで食べてくれるじゃないですか。それは本当にうれしかったです。」と回想する。

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中之町は地元のような愛着がある場所

 それから十五年、念願だった独立を決意した。店舗物件を探してる際、知人を通して中之町商店会の理事長である片山氏と出会った。「中之町(表町)界隈には子供の頃からよく遊びに来ていました。自宅はここから遠かったんですが、子ども心にとても華やかな場所だと感じていました。だからこの辺が好きだったんです。さらに『太田』で十五年も働いていましたから、もう地元のような愛着があります。人通りも多く、雨、風、暑さがしのげる商店街にどうしても出店したかったんです。」と商店街に対して熱く、強い想いを持っていた。

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 ただ商店街の敷居は高く、自分のような“雑草”には到底貸してくれないのではないかと心配していたという。しかしある意味でこのコロナ禍が幸いした。村井氏の想いと商店街の機運を何とか高めなければならないという片山氏や物件の大家さん、そして商店街の皆さんの想いが相まって、懸念はすぐさま払拭された。むしろ大歓迎だった。「開店時には大々的に宣伝をしていないんですが、商店街の皆さんが売り込んでくれたこともあって、出だしから順調です。」と中之町の仲間意識の強さも垣間見える。そんなこともあって、現在中之町内限定で出前もしている。

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自分が食べておいしいと思うものを作る

 ラーメンの種類はたくさんある。だしの種類から味の濃淡、辛い甘い、麺の細い太いなど。その分人の好みも十人十色。当然万人が好む味は網羅できない。であれば「自分が食べておいしいと思うものを作る。」と自分の感性を信じる他ない。
 メニューは「太田」とよく似ることは必然であろう。スープは鶏ガラがメイン。「豚骨スープはゲンコツや豚頭などをメインに強火で長時間煮込み、骨のカルシウムが溶け出して白濁したものになるんですが、うちの場合は透き通ったスープにしたいので、弱火でじっくり煮込んでいます。その絶妙な火加減調整で良し悪しが決まるんです。」

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 肉は鶏と豚(チャーシュー)の二枚看板。麺は小麦粉ではなく、全粒紛を使用。全粒粉とは小麦の表皮、胚芽、胚乳をすべて粉にしたもので、胚乳だけを用いる通常の小麦粉と比べ栄養価が高く、カロリーは低い。多少従来の麺と比べ食感に違和感が出て難しいところがあるが、できるだけ小麦だけで作った麺のような食感が出せるよう、オリジナル麺にこだわり、試行錯誤しながら麺屋さんと日々研究を続けている。

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ゆったりときれいな空間づくりで、
女性に好まれるお店に

 基本的に隠れ家的なお店でありたいという。「お金をかけて広く宣伝してお店がガヤガヤと騒がしくなると困ります。商売上お客さんの回転率が大切なのはわかるのですが、おいしさはもちろん、きれいでゆったりとした空間を提供したいんです。誠悠堂に行ったら落ち着いて楽しく食べられた。と思って帰ってもらいたい。特にコロナ禍の中では安心だからまた行きたいなと思ってもらいたいんです。」カウンター席もあるが、テーブル席がメインの店内。相席はしてもらわず、逆に一人でも普通にテーブル席に座ってもらうことも多い。
 そうすると自然と女性のお客さんが多くなる。グループもいれば女性一人のお客さんも多い。「女性に好まれるお店は必ず男性客も増えるんです。デートで女性が男性を連れてきますから。」

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利他的で創造的な経営姿勢でお客の信頼を得る

 女性のお店に対する審美眼は厳しい。広告などでは到底ごまかせない。実際行って食べてその美味と共に雰囲気やサービスなどを総合的に勘案して、その店の良し悪しをSNSや会話で口コミとして拡げる。だからそのお店の良し悪しについて一番信頼できるのは、信頼できる人からの口コミということになる。厳しい目を持っている女性から誠悠堂が支持されている要因は、おいしさは当然のこととして、店の回転率よりお客の快適性を優先させるという利他的で創造的な経営姿勢が大きい。

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少年から青年へ、そして大人になっても通ってもらえる店を目指す

 人がおいしいと感じる指標の一つに「昔から食べていた。」ということがある。子どもの頃から食べていたものが自然と身体に沁みついていて、懐かしさも相まって、「おいしい」に結びつく。「子どもの頃から親にお店に連れてこられて、中高生になって友達と来て、大学卒業して社会人になっても食べに来てくれるお客さんがいたんです。うれしいことに『太田』時代にそういうお客さんを何人も見てきました。これからも誠悠堂の麺が誰かのソウルフードとなれるよう、長く愛されるお店にしたいです。」

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 最後に村井氏に「一番好きなラーメン屋はどこですか?」と尋ねたら、まさかの「日清さんです。」と。焼きそばの中では「UFO」が一番おいしいという。安藤百福さんも天国でさぞかし喜んでいるとは思うが、誤解を招いては困るので、理由は是非ご本人に聞いてみて欲しい。ただ技と味を極めた職人ならではの自信とユーモアに思えてならないが。

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SHOP INFO
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  岡山市北区表町1-9-55

【Tel】090-6430-9002

【営業時間】11:00~19:00

【定休日】月曜日(祝日の場合は翌日)

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​田中 雄一郎

PLUS

writer

1975年岡山市生まれ。立命館大学理工学部卒業後、都市計画コンサルタントを経て、2004年QUA DESIGN style設立。同時にデザインを独学。
現在岡山を拠点に北は北海道、南は沖縄まで、教育・医療機関、公共施設、美術展、交通、建築・建設、農業、アパレル、町など様々な分野のブランディングを手掛ける。
主な仕事に岡山大学シンボルデザイン、倉敷市立短期大学ロゴマーク、福武教育文化振興財団CI、琉球大学医学部附属病院関連プロジェクト、まび記念病院、宇野バス、岡山後楽園バス、蜂谷工業のVIなど。主な賞に東京TDC賞PrizeNominee、JAGDA賞ノミネート、東京ADC、世界ポスタートリエンナーレトヤマ入選など。
共著に「ロゴデザインの現場-事例で学ぶデザイン技法としてのブランディング」(MdNコーポレーション)。

田中 園子

Photographer

1975年東京都生まれ、岡山市在住。関西学院大学社会学部卒業。
2014年「PHOTO」(gallery A-zone)、アートフェア東京2017(gallery A-zone booth)、第10回I氏賞選考作品展、2017年「田中園子 写真の仕事」(奈義町現代美術館/gallery A-zone)、写真集「3DK(2010年)」、「田中園子 写真(2017年)」刊行。

公益財団法人福武教育文化振興財団季刊誌「不易」表紙写真担当、宇野バスポスター「永瀬清子の二十四節気」写真担当。

APAアワード2013写真作品部門入選。

クオデザインスタイル代表
グラフィックデザイナー・ブランディングディレクター

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