商人 #17
店主が主張をしない、だからお客さん自身の空間になる。
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凛 空
り く
空間カフェオーナー
河竹 恵美
STORY
凛とした空気感が好きなんです
「ただいま」と甘えるほどには近過ぎず、「お邪魔します」と恐縮するほど遠くもない距離感。凜空(りく)の店主、河竹恵美さんは、必要以上には客に構わない。かと言って、冷 たいわけではない。凛空は、いつも女性客を中心に賑わう人気のカフェだ。

当たり前に美味しいと思ってもらえればいい
「ここをやっているのが『わたしですよ!』っていうのを出すのはあんまり好きじゃないんですよ」
恵美さんは、接客で自分の存在をことさらに主張することはない。空間を清潔に整え、日常に似合う食事を用意する。凝った非日常の料理ではなく、家でも食べられるようなもの。メインがお肉なら、副菜に別の食材をいろいろと取り入れることだけを決め事としている。奇をてらわず、当たり前に美味しいと思ってもらえればいい。

この店を営むのは、恵美さんの他に、飲食の道一筋の男性スタッフ、通称「お兄さん」の二人。献立は料理に対して探究心のあるお兄さんに任せている部分も大きい。
「お兄さんの方が店主だと思っている人も多いんじゃないかな」と恵美さんは言う。

「わたしがいるから来てくれるんじゃなくて、ここの空間に来たいって思ってもらえることの方が嬉しいんです。基本的にはお客さんとお話はしないですね、それぞ れの時間を楽しんで欲しいんで」


父親が営む喫茶店から始まり、自分の店を持つ日まで
恵美さんの父親は喫茶店のマスターをしている。喫茶店で働く人たちが仲良くしてくれることが嬉しくて、よく遊びに行っていた。高校生時代は、近所の長崎ちゃんめん屋でアルバイトをし、高校卒業のタイミングで父親の喫茶店で働いた。もともと何かをつくることが好きで、飲食の世界は恵美さんの性に合うようだった。
多感な時期で、早く実家から自立をしたいという気持ちも手伝い、喫茶店と掛け持ちをして、日本料理店でのアルバイトも始めた。日本料理店では接客を主に担当。接客の心得などはここで多くを学んだと恵美さんは振り返る。
「働いている皆でワイワイするのではなく、お客さんに対する気の使い方が大事だと思いました」
スタッフのフレンドリーさを良しとする店も多い中、凛空では、客とスタッフの間にはきちんと境界線がある。だからこそ、客は、凜空という店を「店主の恵美さんのお店」と思わずに、自分のための空間として味わうことができるんだろう。

自分の店を持とうと心に決めた恵美さんは、昼夜働き、融資にも奔走。開業資金を準備していった。29歳の頃だ。
「自分ですべてやりたいって思いがあったんです」
たどり着いた物件は、青春時代から慣れ親しんだ中之町。大通りではない路地的な雰囲気も気に入った。外観にも惚れ込んだ。

「昔ながらの喫茶店で働いていたので、自分のお店はオシャレな感じにしたいなという憧れがあって」
ようやく手に入れた自分の城には、かつて憧れたカフェの風景を投影し、「凜空(りく)」という名をつけた。
「ゆるすぎないで、どこかは締まっている、凛とした空気感が好きなんです」
主張はしないけれど、決して恵美さんの色がないわけではない。透き通った水に、水彩絵の具を少し垂らした時のように、店の空気全体に恵美さんの淡い色彩が混ざり、凛空のカラーとなっている。
この空間に名前をつけるなら、確かに「凜空」だな、と思った。


Seasonal pancakes
SHOP INFO
This work is …
もめ
writer
PLUS
内田 伸一郎
Photographer
約10年に渡り岡山の山村エリアで暮らし、宿の女将を経験。自分の人生と感覚を観察して、文章を書くことが好き。現在は京都を拠点にクリエイティブディレクションや、コミュニティの運営、ライティングなどを行う。
