商人 #43
ビルの片隅から世界へ。音楽の発信基地
SCROLL

orab record
店長
黒田 秀徳
Hidenori Kuroda
STORY
音楽の循環を作り出す
中之町商店街にあるアサノカメラ北隣りのビル2階。ロゴの矢印を頼りに通路をぐるぐると歩いていくと、ビルの隅っこにひっそりと営業しているレコード店がある。店名は「orab record」。岡山弁の「おらぶ」=「叫ぶ」からくるネーミングに、地元の人なら心くすぐられるのではないだろうか。店内にはところ狭しとインデックスプレートの付いた木箱が並び、LPレコードがぎっしりと収められた音源の海原が広がる。

小さなカルチャースポット
「ひとりハードオフみたいな店なんです(笑)」
店主の黒田秀徳さんは、レコード収集歴40年以上、レコードバイヤー歴30年以上で、界隈では「伝説のバイヤー」と呼ばれる人。「岡山では一番マニアックじゃないかなあ」という品ぞろえは、ヨーロッパをはじめ海外のレア盤や、国内の新譜、中古のアナログ盤などがメイン。長年鍛えた目と耳でレコードの買取りもする。
扱うジャンルは幅広い。ほぼオールジャンルとお見受けするが、「ここ数年はまってるアンビエント・ミュージックが軸で、テクノやUKジャズのようなクラブ系とか、ちょっと突っ込んだものが多め」
そのほか和モノやロック、ダブ、ラテンなど、ジャンルに関わらず黒田さんが「耳」で選んだ、マニアにはたまらないラインナップで、掘れば掘るほど面白い音源が出てきそうだ。


レコードばかりでなく、古着や雑貨、音楽雑誌、書籍、アートポスターなども並び、さながらカルチャースポットのようでもある。生活の中に音楽が息づいているような空間は、音楽ビギナーでも入りやすく、ふらりと立ち寄って手に取った一枚のレコードから、思わぬ出合いがある予感も。
歩くライナーノーツ
レコード店に行ったことがある人なら、手書きのポップを頼りに購入した人も多いのではなかろうか。曰く、「岡山ではたぶん僕が最初に始めたんじゃないかな~」というレコメン・コメントがぎっしり書かれたポップには、ただならぬ音楽愛があふれている。単なるレコード紹介ではなく、アーティストの背景やストーリーに詳しく触れていて、音楽に込められた思いやメッセージまで伝わってくる。
今は、黒田さんのレコメンドを基に、妻・麻美さんが、InstagramやXに書き込んでいる。黒田さんの選盤と、音楽を知らない人にも伝わるような奥様の言葉のセンス。二人が発信する「orab record」の“空気”が、SNSを介して世界に伝播している。


もちろん、レコードに触 れたことのない人でも心配ない。試聴もできる。「『こんな感じの曲やアーティストが好き』とか、『今こういうの聞いてるんだけど、似た感じのないですか』って尋ねてくれたらよさそうなのをお勧めしますよ」 まるでバーカウンターで好みのカクテルを作ってくれるように、ぴったりのアルバムやアーティストを選んで紹介してくれるはずなので、勇気を出して声を掛けてみよう。
給料は全部レコードに注ぎこんでました
黒田さんが、レコード店を始めた経歴は、少し異色だ。「音楽が好きで、大学在学中に、その当時、岡山で一番好きなレコード店だった、表町の上之町にあった「GREEN HOUSE」でアルバイトを始めたんです」 それが音楽業界に足を踏み入れるきっかけになった。
やがて「GREEN HOUSE」と岡山の老舗ライブハウス「ペパーランド」のバイトを掛け持ちする音楽漬けの日々を送る。大学卒業後は、税理士事務所に勤務しながら資格試験に挑んでいたものの、音楽のある環境で仕事がしたいと、週末はバイトを続けた。

そんなレコード熱が高じ、20代後半にとうとう「GREEN HOUSE」に入社。以来30年以上、ショップの店頭で最新の音楽情報や文化を伝え続けてきた。
バイヤーとして情報や知識を蓄えると同時に、20代から集めたレコードのコレクションもかなりの数にのぼった。この頃すでにCDが登場していてレコードを抜く勢いだったが、「CDの音にはどうしてもなじめなくて」 アナログ盤のダイナミックレンジの広さや、針が溝をたどる温かい音質に惹かれ、スタッフの中でも唯一アナログ推しを貫いた。


音楽と出合う場づくり
2019年に、「GREEN HOUSE」から独立。実家に近い福山市内に「音楽との偶然の出会いを楽しんでほしい」という思いを込めた「邂逅レコード」(旧店名「KAI-KOH RECORD STORE」をオープンした。中古レコ―ドをメインに「ジャンルを問わずおもしろいと思ったもの」をセレクト。コロナ禍の巣ごもり需要もあって備後エリアの音楽好きが集まる場になった。
2年間営業したものの、20代から続けてきたバンドやDJ活動の拠点が岡山だったことから、「やっぱり活動がしやすいし、音楽仲間も多い岡山に戻って再開しようと思って」友人のDJ議員・森山幸治さんを介して中之町商店街理事長の片山進平さんに出会い、紹介してもらったのが、今の「orab record」の場所だった。
「路面店じゃなくて、探さないと見つからないような場所のほうが性格的にも合っている。たぶんマニアックな人たちばかり来るだろうから、こういう場所が面白いかも」と、気に入って決めた。

音の現在地は、今ここに
40年前に、上之町のレコード店からキャリアをスタートした黒田さんにとって、表町はいわば古巣。「今度はレコードを売るだけの場所ではなく、音楽好きな人々が集まり、音楽について語り合う場所にしたい。ここで生まれる話や音楽がシナジーになれば」と、表町での再開に期待した。
音楽は、ときに旅のきっかけになる。「orab record」に訪れる客は、表町界隈の音楽好きはもちろん、県外や海外の人も多いそうだ。「店から発信するSNSやBandcampでの紹介を見て、『ここに来るために岡山に寄った』といわれたこともあります。思ってもみなかった国や地域からの反応に驚いています」。国が違っても、言葉が通じなくても、音楽がある。それが、この場所だけで交わされる「共通言語」なのだ。

演奏とDJをライフワークに
演奏活動にも力を入れている。バンド歴は40年、DJ歴も30年とマルチに活動を続けてきたが、今は特に、70 年代にブライアン・イーノが提唱した「アンビエント・ミュージックを中心にアレンジし、バンドやDJで演じ、地域の人に新たな音楽の楽しみ方を提供している。「若い人たちの間で、じわじわと来ているアンビエント・ミュージックに波を感じるので、積極的に発信していきたい」
そのうちのひとつが、「岡山芸術創造劇場ハレノワ」1階の「bear’s bookstore(ベアーズブックストア)」で開く人気イベント「アンビエント・ナイト」だ。若い世代を中心に地域の音楽ファンが集まり、新たな音楽の世界観を体験する時間になっており、回を重ねるごとにオーディエンスが増えているとか。

循環する音楽を、誰かに引き継ぎたい
黒田さんの未来のビジョンは、音楽の循環を作り出すこと。「90年代に、僕は一年おきにイギリスに行ってたんですよ。グラストンベリーフェスティバルっていって、フジロックフェスティバルの基になったような世界最大規模の野外フェスですけどね。その頃聞いていた音楽が、まさに今循環しています」と何の気なしに語る思い出話にも、いちいちレジェンド感がある(笑)。
そういう音楽の目利き、いや「耳利き」としての評価は、地元にとどまらず、静かに広がりを見せている。「現在、過去、未来に関わらず、ローカルには、まだ世に出てない鉱石がたくさんある。それを“音の文脈”に乗せてあげる橋渡しができれば」と。

そんなワールドワイドな展開の、次なる動きはいかに?とお聞きすると、「特に野望はないですけど(笑)、次世代に引き継がれるような音楽の楽しさを広げていければいいかな」と至って控えめに語る黒田さん。
表町商店街のビルの片隅から発する音楽の信号が、地球の裏側で静かに共鳴する―そんな風景を、今日も黒田さんは、カウンターの中から見つめている。

SHOP INFO

岡山県岡山市北区表町1丁目10−32 山陽アルバビル 2F 北東側
Tel 080-9340-3770
営業時間 12:00~19:00
定休日 不定休
Instagram @orab.record