商人 #23
何より熟練の職人が妥協せず心を込めて手作業を行っているからです
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お か べ
中之町 亀屋跡継ぎ人
白石 浩範
STORY
豆腐は機能的で美しい
「豆腐に塩も醤油も何にも付けずに食べると出世ができる。」とは有名な講談「徂徠豆腐」の一文。江戸時代の儒学者・荻生徂徠がまだ貧乏な頃、上総屋の豆腐をそのまま食べていたら、やがて柳沢吉保に抜擢され出世したという小噺。出世するかしないかは本人次第として、「おかべ」の豆腐はまずはそのままで食べてみて欲しい。豆乳の濃厚さを舌で感じ、噛めば噛むほど味わいが出て、大豆の甘い風味が余韻として残る。
建築家・白井晟一は豆腐を「用の美」とも称していたが、そのままのフォルムが何ともシンプルで美しく、なおかつ栄養価を携えた上に、値も安く皮をむく世話もなければ骨もない。豆腐ほど美しく機能的で、我々の日常の食生活に密着している食品は他にあるだろうか?
岡山で「おかべ」は豆腐の代名詞
「おかべ」は寛永九年に備前国(現岡山市)で創業した油商「亀屋」、現在の「株式会社白石商店」の事業部として、昭和五十八年ここ中之町に開店した。
白石商店は食用油脂をはじめ、業務用食材、食品添加物、食品製造機械など食に関する様々な商品を県内外の食品加工メーカーや県内の学校給食に卸売りしている。その主だった卸先である豆腐メーカーに向けて、自社取り扱い商品のアンテナショップとして「おかべ」を立ち上げた。工場と食堂と売店を併設し、工場で昔ながらの豆腐を作り、食堂で食べてもらい、味に納得して、売店で買ってもらうというビジネスモデルであった。
国産大豆や契約栽培の岡山県産青大豆など厳選された大豆と岡山の上質な水を使用し、経験を重ねた職人が手作りで豆腐を作り続けている。開店ほどなく昔ながらのにがり豆腐に皆が舌鼓を打ちはじめ、天満屋、高島屋などの百貨店やスーパーからも声がかかった。それから四十年近く、今や「おかべ」は岡山の豆腐の代名詞となっている。ちなみに「おかべ」とは室町時代の宮中で使われていた女房詞で「豆腐」のこと。
「おかべ」のおいしさは職人の手から生まれる
何故これほどまでに多くの人々から評判なのか?「私たちの強みは、江戸時代から油や穀物を通し信用を売ってきた卸問屋(白石商店)が営んでいることももちろんですが、何より熟練の職人が妥協せず心を込めて手作業を行っているからです。」「おかべ」事業部の責任者、白石省二氏(白石商店 専務取締役)の甥であり、次期責任者の白石浩範氏(白石商店 常務取締役)は明言した。
「おかべ」の豆腐は大豆を挽いて磨砕し、蒸気加熱してできた高温の豆乳に凝固剤のにがり(苦汁)を入れ、職人の手で攪拌し、凝固させる「高温にがり寄せ」という製法で作られている。高温の方が少ないにがりで固めることができるが、凝固速度が速いので攪拌を適度な回数で素早く上手にやらないと、豆腐にならない。「攪拌が足りないと豆腐の形になりませんし、攪拌しすぎると味が落ちます。その絶妙なバランスが職人の腕の見せどころなんです。」と「おかべ」の豆腐が好きで入社したという、職人の景山健一郎氏は語る。
前出の白井晟一も「にがり投入の契機をつかむ決断にいたっては、それこそ『用』の『常』に徹していてはじめて可能なこと。」と言っているように、まさに職人の確固たる技術と経験に基づく感性がそこには求められる。
新鮮でおいしい豆腐を届けたい
「大量流通型の豆腐はパッケージングした後、日持ちをさせるために一度熱処理をするんです。そうすると豆腐の中のうま味成分がパック水に逃げてしまうので、どうしても風味が損なわれます。私たちは豆腐本来の味を食してもらいたいので、熱処理はしません。」と浩範氏は「味わい」の秘訣を教えてくれた。
豆腐は風味の劣化が早いいわば生鮮食品だ。早朝に新鮮な豆腐を届けるために、景山氏ら職人たちは前夜に出社し、夜通し豆腐作りに勤しむ。「お客様に笑顔になってもらえるよう新鮮で美味しいお豆腐を作り続けたいです。栄養もありますので、小さいお子さんにも是非食べてもらいたいです。」と景山氏は物静かだが力強く語った。
食事処「おかべ」は家庭料理がベースに
そんな作りたての新鮮な豆腐を工場とお店に隣接した食事処「おかべ」で食べられる。お昼のみの営業だが、味わいのあるコンパクトな店内に三つの定食が用意されている。注文後目の前で揚げるアツアツの厚揚げ豆腐の「おかべ定食」、同じく注文後衣を付けて揚げ、紅葉おろし、生姜、かつお節、ねぎの薬味で食べる「揚げ出し定食(限定十五食)」、そしてほの甘い含め煮の椎茸を散らしたご飯の上に、特製のだしでとろみを付けた生湯葉をのせ、生姜とミツバの薬味で食べる「生ゆば丼定食(限定十五食)」。いずれも千円以下とお手頃だ。
この定食に付く白和えやひじき煮、味噌汁は、当時白石商店の社員やパートさんが集まりそれぞれの家庭料理をベースに試行錯誤を重ねた末、編み出された品である。「料理の真髄は家庭料理にある」と北大路魯山人が言ったように、家庭料理は過度な調味がなく素材そのもの味が堪能できる上、温かみがあり優しい味付けで、作り手の「愛情」も窺える。そこに滋味に富む豆腐がメイン食材とくれば、自ずと身体と心にやさしい料理にもなり、老若男女から支持されるのも必然である。
江戸時代の料理本「豆腐百珍」でも紹介されているように、豆腐を食す方法は様々であるが、豆腐は料理をすればするほど真味は薄れていくものである。豆腐処が作る豆腐料理には豆腐の性質や持ち味を熟知したものにしか出せない至極の味わいがある。豆腐料理一本でミシュランガイドに掲載されたことがそれを証明している。
SHOP INFO
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田中 雄一郎
PLUS
writer
1975年岡山市生まれ。立命館大学理工学部卒業後、都市計画コンサルタントを経て、2004年QUA DESIGN style設立。同時にデザインを独学。
現在岡山を拠点に北は北海道、南は沖縄まで、教育・医療機関、公共施設、美術展、交通、建築・建設、農業、アパレル、町など様々な分野のブランディングを手掛ける。
主な仕事に岡山大学シンボルデザイン、倉敷市立短期大学ロゴマーク、福武教育文化振興財団CI、琉球大学医学部附属病院関連プロジェクト、まび記念病院、宇野バス、岡山後楽園バス、蜂谷工業のVIなど。主な賞に東京TDC賞PrizeNominee、JAGDA賞ノミネート、東京ADC、世界ポスタートリエンナーレトヤマ入選など。
共著に「ロゴデザインの現場-事例で学ぶデザイン技法としてのブランディング」(MdNコーポレーション)。
田中 園子
Photographer
1975年東京都生まれ、岡山市在住。関西学院大学社会学部卒業。
2014年「PHOTO」(gallery A-zone)、アートフェア東京2017(gallery A-zone booth)、第10回I氏賞選考作品展、2017年「田中園子 写真の仕事」(奈義町現代美術館/gallery A-zone)、写真集「3DK(2010年)」、「田中園子 写真(2017年)」刊行。
公益財団法人福武教育文化振興財団季刊誌「不易」表紙写真担当、宇野バスポスター「永瀬清子の二十四節気」写真担当。
APAアワード2013写真作品部門入選。