商人 #18
「家業を継ぎたい」
夢を叶えたカメラ屋の三男
SCROLL
アサノカメラ
キャメラ専門士
中塚 博晶
STORY
この場がカメラを楽しむ場になるのが一番
120年続く商店街のカメラ屋さんに、若い世代の客が入れ替わり、立ち替わり訪れている。人気の理由は、豊富なフィルムカメラのラインナップ。フィルムカメラを始める人、愛好する人がアサノカメラを頼ってやって来る。
「フィルムカメラは昔から扱っていましたが、十数年前から力を入れはじめて。アナログ好きな若い人たちの嗜好にマッチして、土日はひっきりなしに来てくれるようになっていますね」
実 現
中塚博晶さんは、アサノカメラの5代目。博晶さんは主に外商や現像・プリントを担当しており、お父さんが接客を担当し、若い世代から「フィルムのことを親切に教えてくれるおじさん」として頼りにされている。岡山駅前にある大手量販店からも、「フィルムカメラのことなら、アサノカメラへ」と勧めらているのだという。(大手量販店でフィルムカメラの取り扱いはないそう)
プリントの焼き方は、ノスタルジックな雰囲気を醸すために青みを加えるなど、アナログ志向に対応するべく、博晶さん自身が修行し、バリエーションを増やしている。レジの横には、フィルムの種類ごとのプリントの見本が置かれ、パラパラとめくると「こんな写真を撮ってみたい」と心が踊る。
博晶さんは、会社員として働き、岡山から離れていた時期があった。就職先はカメラ関係の仕事で、なんとなく定年まで働き続けるんだろうと思っていた。だが、デジタルカメラが世の主流になり始め、アナログ時代を生きてきた父親を助けるためにと、家業を継ぐことを決意した。と言っても、家業を継ぐことは、博晶さんの幼い頃からの夢だったのだ。
「三男なんですけど、中学生くらいから後継ぎしたいって言ってました。半分冗談で。だから兄らは遠慮したのかな。結局、兄らもカメラ関係のメーカーで働いていたりはするんですけどね」
カメラが好きだから、カメラ好きを育てたい
アサノカメラは1階が店舗で、2階のスペースではカメラ教室を開いている。カメラの撮り方を学んだ後、実際に街に写真を撮りに行き、再び店に戻り、現像、プリントしたものを、参加者みんなで感想を言い合うというプログラム。ほぼ半日かけて、カメラの楽しさを共有し合う濃密な時間。フィルムカメラの教室の参加者は20-30代が大半だという。
「自分自身は、中学生くらいからカメラをしっかり持たせてもらって撮影していました。単純にファインダー覗いてシャッター押すのが好きで」
カメラが好きな少年は、時を経て、カメラ屋の家業を継ぎ、カメラの楽しさを共有できる仲間を増やすべく活動をしている。
人によって視点が異なるのが面白い
肩に力が入っておらず、にこにこと穏やかな佇まいの博晶さんを見ていると、120年も続く店を継ぐことは、プレッシャーじゃないのだろうかと不思議に思う。
「重くは感じていないですね。ただただ教室に参加した若い人たちが、成長していくのが楽しみ。彼らが、周囲にカメラの楽しみを広げてくれたり、将来的にその人たちも写真の先生になったり、この場がカメラを楽しむ場になるのが一番ですね」
自分の店が成長することが第一ではなく、カメラ愛の共感を広げていくことを楽しんでいるようだ。
「教室では、同じ被写体を撮りに行くんですけど、人によって見る角度が違うのがすごく面白い。日頃、お客さんの写真をプリントする時も、例えば海外で写真撮られた方のフィルムだとすると、その人の視点を借りて、旅行に行った気分にもなりますね」
なるほど、店を継ぐことへの軽やかなスタンスは、ここからきているのかもしれないと思った。人によって視点が異なることが面白いのがカメラの特徴であるから、店主が変わり、視点が変わることはごくごく自然なことなのだ。一見、少し寡黙そうなお父さんと、穏やかな表情の博晶さん、2人の視点が交わって出来ているのが、今のアサノカメラだ。
この商店街で、店も、家族も育っていく
「商店街では、節目節目で人が集まるんですね。新年迎えたら新年互礼会があったり。そういう会合に子供の頃から出ていて、すごくみんな優しい。大袈裟ですけど家族みたいな感じもあるので、楽しい思い出しかないのでね。祭りみたいな存在の夏の土曜夜市もあって。。とにかく商店街での悪い思い出が一切ないんですよね」
博晶さんには、12歳の男の子と10歳の女の子のお子さんがいる。お子さんたちも博晶さんがそうだったように、商店街の環境を楽しんで育っているようだ。
「夏の土曜夜市で、周囲にサービス券を配るタイミングがあったんですけど、子どもたちも行きたいって言ってくれて一緒に回ったり。あとね、小学校で書いた将来の夢に、『アサノカメラの後を継ぎたい』って書いてくれていたんですよね」と、少し照れくさそうだ。
表町の各店の店主が講師になって、専門知識を教える「まちゼミ」という取り組みがあり、博晶さんは実行委員をやっている。息子さんは「まちゼミ」にも参加しているのだという。
親をはじめ、同じ町の人が働く傍らで、育まれる商店街の子どもたち。商店街での暮らしが、なんだか羨ましく思えた。
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もめ
writer
PLUS
内田 伸一郎
Photographer
約10年に渡り岡山の山村エリアで暮らし、宿の女将を経験。自分の人生と感覚を観察して、文章を書くことが好き。現在は京都を拠点にクリエイティブディレクションや、コミュニティの運営、ライティングなどを行う。